ジャンルの反復横跳び

宝塚歌劇その他、心惹かれたものについて

誰もがジョンで、ロバートだ―舞台『ライフ・イン・ザ・シアター』感想

はじめに

 勝村政信さん(ロバート)と高杉真宙くん(ジョン)の90分ノンストップ二人芝居を観てきました。

学校でも社会でも、誰もが後輩であり、先輩になった経験がある。その日々があったから今日の自分があるのだと、ふと思い起こされる作品です。

客席から見た舞台の奥側に、ロバートとジョンが立つ舞台があるという構造が面白かった。客席がメインとしてみるのは舞台裏のロバートとジョンで、「シアター」に生きる彼らの「ライフ」を垣間見せてもらっている感覚になった。

ジョンとロバート、どちらにもなる私たち

 主題となるのは「世代交代」。劇団の看板俳優のロバートと、入団したての新人ジョン。やがては、新たに看板俳優となったジョンと、劇団を退く前夜(おそらく)のロバート。その関係性の変化を、全26場90分で追いかけていく作品。最初に観たときは話が進むにつれてなんだか寂しくなってしまったのだけれど、観ていくにつれてラストに受ける印象が変わってきた。

 ジョンが、初めはロバートに憧れてものすごく尊敬して、彼の話を聞くときは身体ごと彼の方向に向いているところから、自分も経験を積んできてロバートに対して遠慮が無くなり、少し受け流すような対応をするようになって、礼儀をわきまえなくなったり慇懃無礼になる変遷がリアルでしんどい。ジョンのような対応、身に覚えがある。

ジョンの激情が垣間見えるのは、たとえば、第18場の救命ボートに乗った演技をするシーン。ジョンは今、人生と芝居を混同してロバートに怒っているのかな、と思えてしまって少し苦しかった。第14場でこのシーンの本読みを二人でするくだりがあるのですが、おそらくジョンがロバートに初めて不信感を抱いたのがこの場面なのですよね。その後の第18場、シーソーのような舞台装置に座る真宙くんが項垂れたまま何度か跳んでしまうところで笑いが起こっていたけれど、個人的にこのシーンは辛さが上回ってしまって笑うことができなかったな。

続く第19場。出番を待っている時に台詞を飛ばしてしまったジョンはロバートを頼りますが、老いもあって自分も忘れてしまったロバートに対して更に不信感を募らせて。

第10場終わりでは怒ったロバートの衣装をジョンが片付けていたのに対して、第20場終わりにはジョンの靴と小道具をロバートが片付けていたことにも、意味があったのかもしれないと振り返っています。

更に第24場。手術の舞台のシーン、ジョンが怒って手術台の人形を落とすくだりで、5日は床に投げ付けていたのだけれど6日は徐に落としていて、感情のままにというよりどうにか圧し殺した怒りの発露という感じでとてもよかった。その後袖に引っ込んだジョンがロバートの台詞を最後まで聴いているのですが、前傾姿勢のまま虚を見つめる真宙くん、尊敬していた人に対する諦念のようなものを感じてここも苦しかった。

 一方で上手いなと思うのは、単純な下剋上の物語ではなく、緩急がきちんとあるところ。ロバートとジョンはなんだかんだとすれ違ったりしながら、その実、一緒に舞台に立った日々の分だけ絆を深めていることが、ふとした場面から伺える。「ライフ」というのは、「シアター」で生きる人と人同士の人生の重なりのことも言うのかもしれない。

第23場。誰もいない舞台で稽古をするジョン。上手側から聞こえるロバートの声。ロバートはジョンをずっと見守っている。「ロバート?」「なんだ?」「まだいたか。」「いたよ。」「ったく!」のやり取り、じんわりとあたたかかった。

ジョンは終盤、ロバートに対してフランクな態度ではあるものの敬意は伝わってきた。ロバートの語る、彼を役者にしたがった父との思い出話にも耳を傾けていた。ジョンが「明日まで20ドル借りても?」とロバートに言ったのは、その日を最後に劇団を去る(のかなと私は解釈しましたがここは正確ではないかもしれないです)ロバートに、また明日も会おうという彼なりの友情の示しかたなのではないかなと感じた。

 最後に、第25場でロバートが腕を切ってしまって、ジョンが心配するくだり。ロバートがハケていく時に客席側が明るくなり、まるで舞台後方の仮想舞台と、客席が逆転したような感覚になった。次の第26場でロバートが言う「ここにいる全員」の一員になれたような気がした。全員、というのは世代も背景も違った人々のことで、これから未来がある、という人もいればそろそろ終活を、という人も含まれるのだろう。某劇作家が「この世は舞台。我々はみな、そこで演じる役者なのだ。」と言っていた。誰もがジョンのように人に憧れて、いつかその人を超えていく。そして誰もがロバートのように下の世代に追い抜かれる瞬間がある。そういうものなのだと、人間が生きることを肯定している作品のように感じました。

「舞台」の妙

 5日の昼公演は割とスタンダードだった(勝村さんが早着替えの時に靴下か何かを客席に飛ばしてしまい、「とう!」と飛び降りてご自分で回収されていたくらい)けれど、夜公演はかわいい真宙くんが何ヵ所かあったので備忘録。

真宙くん、舞台上で付け髭をつけるのですが、その日は上手く付かなかったのか舞台上での舞台上演中(ややこしい)に髭が取れかけてしまい、勝村さんが鼻の下を押さえるジェスチャーでそれを伝えて真宙くんが直す、という場面が何度かあったこと。それから、煙草に火を点けようとマッチを擦るも上手くいかず、ロバートに「お点けしましょうか?」と言われるところ。何度かチャレンジした真宙くん、マッチをうまいこと点火できてしまって。真宙くんはすぐに火を消して、そして勝村さんが昼公演よりも少し真宙くんに被るような位置に動いて「お点けしましょうか?」と聞いていたのが阿吽の呼吸!!!と思った。

他にも、第1場で「ロブスター」のポーズをする真宙くんと、その真宙くんを真似する勝村さん、「メイク残ってますよ」の後の二人の攻防がかわいかった。

第4場でエリザベス朝の衣装を着てエペを振り回す真宙くんがツボでした。「ちょ、待てよ」とキ〇タクさんの真似で引き留め「カツラはいいって!」と何度もツッコむ勝村さんにじわじわきた。

第8場、チャックが外れたロバートのズボンを、安全ピンでジョンが留めようとするところ。真宙くんが安全ピンと格闘している時に彼の耳をぐりぐりする勝村さんと「じっとしててください」「してる」「じっとしてて」「してるって」「してない!」のくだりかわいくて面白かった。真宙くんが安全ピンを落としてしまう場所が床だったり椅子の上だったりするのに合わせて柔軟に台詞を変える勝村さんの安定感。

他にもたくさん好きな場面がありました。

 間の取り方や台詞の言い方、表情の作り方や感情の込めかた等々すべてが観る度に変わるから舞台観劇はすごく面白い。『てにあまる』ぶりの舞台上の高杉真宙くん、観に行けてよかったです。全国公演、最後まで元気に駆け抜けられますように!